それは2008年秋のことでした。
2008年というと、私には、ほんのこの前のことなのです。
なぜなら、その間に、私の心は、ずっとこのことがひっかかっていたのですから。
とはいっても、市議会議員選挙もあり、「ああだ、こうだ」とすったもんだの選挙期間の時間の中で、それでも私はこのことをずっと見つめてきました。
2008年秋、私の友人の紹介を経て、ある市民(ご婦人です)から、連絡をいただきました。
「鎌倉駅前のスクランブル交差点、歩行時間が短くて渡りきれません」と。
渡りきれないとは・・・・・・。渡りきれない交差点は、交差点として不十分です。
ある日、そのご婦人が、私の友人と共に、訪問されました。そして次のように私に訴えたのです。
「自分は数年前、足を悪くして、ゆっくりしか歩けませんが、できるだけ引きこまれないようにがんばって外出しています。でも、最も活用している鎌倉駅東口側の(鎌倉八幡宮側です)、大きな交差点を渡るのに、それこそ命がけなのです」と。
また、このご婦人が参加しておられる障がい者団体でも、このことを何年にもわたってわたって市に訴えてこられたそうです。
でも、市は、「交差点の時間を延ばすことは容易にできない」ということで、そのたびに保留にされてきたということです。
私は、電動車いすで鎌倉市内を走りながら、道路状況を見てまわっていますが、把握していない小さな路地なども見落とさないためにも、どなたでもいいです、どうか、不便な道があったら声をかけてください、と言い続けておりますので、こうして訴えてくださる方のご意見を取り上げるよう、心がけてきました。
路地の改善はしてきましたが、このような中心的大道路で、不便なことがあるとは。
多くの市民、観光客の方々が使用されている交差点です。
私も何度か、調査のためにこの交差点を渡りましたが、私の場合は、電動車いすなので、早く行こうとすればできるのですが、それでも、時間が短いと感じました。歩行者の方は、後半は急いで歩いていました。
これは何とかしなければならないと思いました。
ありがたいことに、幸いなことに、私は市議会議員選挙に当選させていただき、当面の具体的目標は、この「鎌倉駅交差点」の一点に絞られました。
この1年余り、市議会が開かれるたびに、私は質問席に立ち、繰り返し訴え続けました。
道路は神奈川県の管轄下にあり、市の一存で容易に変えられない状態のため、質問を受けた職員さんは、心ならずも歯切れの良くない返答を繰り返すばかり。
職員さんの立場はわかりますが、ここで引いては、市民の方々の要望が届きません。
私は押しの一手で攻めるしかありません。次の議会でも、その次の議会でも、同じ質問を投げかけ続けました。
そして、昨年2009年の晩秋のことです。市から連絡を受けました。
「あの道路を管轄している神奈川県警に、じかに出かけていって訴えてください」
職員さんも業を煮やしたのでしょうね・・・。
すみませんね、職員さん、ありがとうございます。
職員さんと、この訴えを紹介してくださった友人と共に、神奈川県警に行きました。この友人に同行していただいたのは、最初の段階、実体験の証言が必要だと思ったからです。
県警の会議室には、神奈川県警の方が2名、鎌倉警察の署長さんと、鎌倉市役所の担当職員の方3名、それに私の友人と、私=千一の、8名です。
まずは簡単な挨拶を交わしあい、と言っても、私は左の足指で「音声キーボード」を打ち、それを変換し、つながった言葉として音声化されるわけですから、人様の話し言葉の5倍も10倍も時間がかかってしまいます。
それに、まぶたが下がってきてしまう(アテトーゼという症状)ので、そのたびにまぶたを拭いてもらわなくては、目があきません。長い時間、皆さんにお付き合いしていただくことになります。
でも、だからといって言うべきことをはしょってしまっては何にもならず、本題に入ってからは、どんなに時間がかかっても、私は決して譲歩せずに実態を訴え、主張しました。
また、つき添ってくれた友人も、鎌倉駅前のスクランブル交差点を実際に渡る方々の様子を話しました。
鎌倉市は高齢の方の多い市なので、メインスクランブルといえる駅前の交差点は、大勢の市民が活用していて、当然その中には高齢の方も多いのです。
また、観光客の方々も、鎌倉駅を降りてから、目の前の交差点を渡られることが多いのです。
鎌倉は、都心からそれほど遠くないし、地理的にも訪れやすいこともあり、高齢の観光客の方々も大勢いらっしゃいます。
よく利用される市民の方は、この交差点が「すぐ赤に変わる(歩行時間20秒になっています。正味17秒です)」と認識しているので、最初からそのつもりで渡ります。足の遅い方は、1回信号をやり過ごし、最前列に立って待ち、「青」になった途端に1歩を出すようにして渡ります。
それでも途中で信号が赤になってしまうことがあり、運転手さんがたが協力して待ってくださる中を、必死で歩ききるのです。
これは相当怖いことで、要望をくださったご婦人が「命がけです」とおっしゃった気持ちがよくわかります。
しかし歩行時間を長くしたら、交通に影響が出ますので、やはり慎重に検討されなくてはなりません。相対的に見て、どこを重視していくべきか。県警の方にそれをわかっていただくために、私は不自由な言葉で説明し続けました。
今ここで答えを出してもらうのはムリですが、今後の検討は、ここでの資料が元になるので、理解してもらうように話をしておかなくてはなりません。
今後、「検討の結果、据え置きとなりました」と回答されたら、またスタートラインに戻ってしまいます。いや、もっとやりにくい出発点に立つことになるかもしれません。
参考になる資料提供も大事なことですが、手紙やメールででもできます。それは今までに行ってきましたが、それだけでは要望を響かせることには届かないのが現実です。実態と、実数と、実感を、直接要望し、ここにいる担当者の方々に、心に何かを残すこと、感情、気持ちに訴えることが最終的な課題でした。
話し合いが終わり、私は県警を出ました。あとは待つしかありません。
一週間、二週間、一ヶ月・・・。長かったです。
2009年、昨年の暮れでした。
私は、鎌倉市から。この問題の決着がついたことを知らされました。
「鎌倉駅前交差点歩行時間を、20秒から25秒に、5秒延長しました」
この時の気持ちを、どう表現すればいいのか。
「やったー」と叫ぶのでしょうか。
いいえ、私は不思議に厳粛な気持ちでした。
ここ何年もの間、障がい者の団体の方々が訴え続けてきた《難問題》が解決でき、感慨深いものがあったのです。
どのような立場の、誰が訴えようとも、その内容を、親身になって検討していただきたいものだと思いました。
でも、そのことが難しい現実であっても、やはり、それを皆さんと一体となり、協力しあって取り組む熱意、努力が必要なものだとも自覚した次第です。
私は協力してくださった友人に、まず電話しました。そして言いました。
「あのご婦人に、このことを伝えてください」
後日、私は鎌倉駅前の交差点を渡りました。普通の速度で渡りきれました。杖をついているお年寄り、足の弱い方を目の当たりにして、鎌倉市には、なんとこのような方々が多いことかと、改めて実感しました。
また、地図を片手に、不安そうに交差点を渡られる観光客の方々もいらっしゃいました。
皆さん、以前のように、交差点の途中から、あわただしく駆け出すこともなく、普通に渡りきっていらっしゃいました。
ごく当たり前のことながら、この光景は、私には、新鮮な嬉しい場面でありました。
「たかが5秒、されど5秒」
5秒の延長は、だれも気付いていらっしゃらないかもしれません。
でも、それでもいいのですよね・・・・・・。
その日は、お日様がピカピカに輝く一日でありました。
ありがとう、訴えてくださったご婦人
ありがとう、鎌倉市職員の方々
ありがとう、神奈川県警の方々
ありがとう、
ありがとう、この交差点